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大津地方裁判所 昭和31年(レ)3号 判決

控訴人 日夏繁

被控訴人 有限会社近江金融 外二名

主文

原判決中控訴人の被控訴人沢勘四郎に対する部分はこれを取消す。

右訴訟は昭和三十一年二月十三日の原審口頭弁論に於て同被控訴人の認諾により終了した。

控訴人その余の控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す。被控訴人沢田真明が昭和三十年六月二十八日被控訴人有限会社近江金融に対して為した大津地方裁判所彦根支部昭和三十年(ワ)第十号事件和解調書に基く債権者被控訴人沢田真明、債務者被控訴人沢勘四郎間の金三十万円の貸金債権の譲渡は無効であることを確認する。右請求が認められないときは被控訴人有限会社近江金融に対し、右債権譲渡は内昭和三十一年六月十九日現在未払の金十万円につきこれを取消す。被控訴人沢勘四郎は控訴人に対し金十万円を支払え、訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とするという判決を求め、被控訴人有限会社近江金融及び被控訴人沢田真明の代理人は控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。被控訴人沢勘四郎は当審各口頭弁論期日に出頭しないが陳述された原審口頭弁論の結果によれば原審第一回口頭弁論期日(昭和三十一年二月十三日)に於て同人提出に係り陳述されたものと看做された認諾書と題する答弁書に従えば控訴人の請求は正当であり認諾する旨答えた。

当事者双方の事実及び法律上の陳述は、

控訴代理人に於て、被控訴人沢田真明は本件債権譲渡の当時被控訴人有限会社近江金融(以下被控訴会社と略記する)の代表取締役であつたから、本件債権譲渡は取締役と会社間の取引であり、有限会社法第三十条、第二十九条により社員総会の特別決議を要するに拘らず、これを経ていないから法律上当然無効であるというべく、仮りに特別決議を経ていない譲渡行為も当然無効ではなく、無権代理行為と見るべきものとしてもなお特別決議による追認がないのであるから被控訴会社に譲渡の効果は生じていないと述べ被控訴会社及び被控訴人沢田の、昭和三十一年五月の被控訴会社の社員総会で本件債権譲渡につき特別決議を為し事後承認を得ている旨の抗弁に対し、右特別決議による承認は控訴人が右譲渡債権につき転付命令を得た後になされたものであるから控訴人に対してはその効力はないと述べ、なお被控訴人沢に対する本訴請求と他の両被控訴人に対する請求とは訴訟の目的が全員につき合一にのみ確定するべき場合でないに拘らず、右法理を誤り合一確定を要する場合として被控訴人沢が原審に於て為した認諾の効力を認めなかつた原判決は違法であると述べ、

被控訴会社及び被控訴人沢田の代理人に於て、被控訴会社が被控訴人沢田より本件債権の譲渡を受けた当時、被控訴人沢田が被控訴会社の代表取締役であつたこと並に右譲受につき被控訴会社に於て社員総会により承認の特別決議が為されていなかつたことは認めるが特別決議がなくても譲渡行為は当然無効ではなく、被控訴会社に譲受の効果は生じておりたゞ譲渡契約を為した取締役の会社に対する内部的な責任が問題となるのみと解すべきであるが、然らずとしても昭和三十一年五月被控訴会社は社員総会の特別決議で事後承認を為していると抗弁し

た外原判決摘示事実と同一であるからここにこれを引用する。

立証として、控訴代理人は甲第一号証、同第二号証の一乃至四を提出し、原審に於ける被控訴人沢勘四郎本人及び当審に於ける被控訴会社代表者沢田雪枝本人尋問の各結果を援用し、乙第一、二号証の各一、二、同第三号証の二、同第七号証は不知、同第三号証の一、同第四号証、同第六号証の二は成立を認める。同第五号証、同第六号証の一は官署作成部分のみ成立を認めその余の部分は不知と述べ、被控訴会社及び被控訴人沢田の代理人は乙第一乃至第三号証の各一、二、同第四、五号証、同第六号証の一、二、同第七号証を提出し、原審に於ける証人西川寿恵子、同辻チエ、同安田寿男の各証言及び被控訴人沢田真明本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

当裁判所は職権を以て被控訴人沢田真明を尋問した。

理由

控訴人の本訴各請求中被控訴人沢勘四郎に対する請求についての判断は暫く措き、爾余の被控訴人両名に対する各請求につき以下判断する。

被控訴人沢田が被控訴人沢に対し大津地方裁判所彦根支部昭和三十年(ワ)第十号貸金請求事件の和解調書により確認された昭和三十年七月より同年十二月迄に毎月金五万円宛割賦払の約の金三十万円の債権を有していたこと、被控訴人沢田が右債権を昭和三十年六月二十八日被控訴会社へ譲渡し、被控訴会社に於て被控訴人沢より同年十月分迄の右割賦金合計二十万円の弁済を受けたこと、ところで控訴人は昭和三十一年二月一日当時被控訴人沢田に対し彦根簡易裁判所昭和三十年(イ)第一号和解調書により確認された貸金債権金三十万円の未払残金十万円の債権を有していたので、同日その執行として前記被控訴人沢田が被控訴人沢に対して有していた債権中金十万円につき大津地方裁判所彦根支部より差押及び転付命令を受け、その頃右各命令が被控訴人沢田及び被控訴人沢に送達されたことは当事者間に争がない。

一、右被控訴人沢田と被控訴会社間の債権譲渡は通謀虚偽表示であり、然らずとするも有限会社法第三十条、第二十九条に反し無効であるとの主張について。

(イ)  先ず本件債権譲渡が被控訴人沢田と被控訴会社の通謀による仮装のものであるとの控訴人主張事実は適確にこれを是認すべき何等の資料はない。尤も成立に争のない甲第一号証と被控訴人沢田(原審及び当審)、被控訴会社代表者沢田雪枝各本人尋問の結果を綜合すると、被控訴人沢田は昭和二十六年十月頃から個人で金融業を営んでいたところ、経営不振の為昭和三十年三月これを会社組織に改め被控訴会社を設立して自らその代表者となつたものであるが、被控訴会社の内容について見ても事業の掌理は専ら被控訴人沢田が行い他の社員である同人の妻雪枝、訴外辻チエ、三浦つぎ、西村まさの四名は資金的に参画しているに過ぎず、被控訴会社は事実上被控訴人沢田の個人営業の延長とも見られぬでもない有様であり、その後本件債権譲渡の後間もない昭和三十年八、九月頃被控訴人沢田は債権者の一人より破産の申立をされており、本件債権譲渡の頃、被控訴人沢田は十四名の多数債権者に対し多額の債務を有し、他方貸付債権は債務者八名中本件の被控訴人沢に対する債権を除いては回収の見込なき有様であつたこと、又右甲第一号証は本件債権を譲渡した昭和三十年六月二十八日以後の同年九月三十日付を以て破産被申立人である被控訴人沢田の代理人が作成し破産裁判所へ被申立人の債権、債務の現況を明らかにする為に提出されたものであつて、右作成日付当時に於てなお被控訴人沢田の債権中に本件債権が掲記されている事実が認められ、これらの事実を附会すれば、或は被控訴人沢田は自己の有する債権中回収の見込ある本件債権を債権者の追及より逃れしめん為に被控訴会社の運営を掌理する立場を利し債権譲渡の形式をとり仮装譲渡をしたとの一抹の疑惑を抱かせないものでもない。しかしながら原審証人安田寿男の証言により成立を認め得る乙第一号証の一、二、原審証人辻チエの証言及びこれにより成立を認め得る乙第三号証の二、官署作成部分につき争なくその余の部分につき被控訴人沢田本人尋問の結果(原審)により成立を認め得る乙第五号証、同第六号証の一、成立に争のない乙第三号証の一、同第四号証、同第六号証の二、同第七号証に原審証人西川寿恵子の証言、被控訴会社代表者沢田雪枝及び被控訴人沢田真明(原審及び当審)各本人尋問の結果に右認定事実を綜合すれば、被控訴人沢田は未だ個人で金融業を営んでいた昭和二十九年七月十五日訴外辻チエより資金繰の為金十七万円を、弁済期日を同年九月一日と定め、家財道具衣類等を譲渡担保として借受けていたところ、失期弁済を為さなかつた為同年十月二日右訴外人より右譲渡担保物件の引渡執行を受けるに至り、右弁済資金捻出の為昭和三十年六月二十八日当時自己と共に被控訴会社の代表取締役をしていた妻沢田雪枝と相談の上自己が被控訴人沢に対して有する本件金三十万円の債権を被控訴会社へ譲渡しその代金として現金二十七万円を受領した上これを債権者たる右辻チエ等に対する弁済に当てたこと、なお被控訴会社が被控訴人沢田に支払つた右譲受代金は被控訴会社に於て訴外西川寿恵子より借入れたもので右借入金の弁済は被控訴会社に於て行つていることが認められるばかりでなく、又被控訴人沢田本人尋問の結果(原審)により成立を認められる乙第七号証によれば、前記甲第一号証中被控訴人沢に対する債権は当時被控訴会社へ譲渡済のものでその旨の記載が脱漏していたものであること及び甲第一号証の貸金一覧表中には本件債権の他に既に譲渡済債権の記載をも見受けられること等の諸事実を彼此考量するときは本件債権譲渡は却つて仮装のものでなかつたことを窺知するに難くない。よつて、この点に関する控訴人の主張は採用出来ない。

(ロ)  次に本件債権譲渡は被告会社の社員総会の特別決議を経ていないから無効であるとの主張について考察する。

本件債権譲渡が為された昭和三十年六月二十八日当時被控訴人沢田が被控訴会社の代表取締役であつたことは当事者間に争なく、右譲渡が取締役である被控訴人沢田と被控訴会社の他の代表取締役である前記沢田雪枝との間に於て行われたものであることは前認定の通りである。さすれば本件債権譲渡は会社と取締役との取引であつて、有限会社法第三十条、第二十九条により社員総会の特別決議(同法第四十八条)による認許を要するものであることは明白である。而して本件債権譲渡当時右認許を得ていなかつたことは当事者間に争いのないところである。そこでかような認許のない取締役と会社との取引の効力について考察する。この点に関する見解は多岐に分れており、絶対無効とするもの、或は無権代理行為としての効果を有するとするもの、又は有効と解するものあり、各々その論拠とするところに傾聴すべきものあつて、いづれを正当とすべきか遽に去就を決し難いところであるが、本件の判断につき必要なる限度に於て以下言及する。有限会社法第三十条の規定の本旨とするところは、畢竟取締役がその属する会社の利益を犠牲として私利を図ることあるを防止し会社の利益を保護せんとの趣旨に在ることは異論のないところである。而してその趣旨に徹するなれば、会社利益の犠牲に於て為されたる取引に対する会社側の保護手段としては、単に当該取引の相手方となり又はこれに関与した取締役員に対する賠償責任(同法第三十条ノ二)を追及することを以て足るとすべきではなく、更にかかる背信的取引自体の効果をも否定し(当然無効と解すべきか、無権代理行為の効果ありと見るべきかはしばらく措き)、これを無効と解釈すべきことがより一層右趣旨に合するものということができる。かように解することは、これによつて影響の及ぶところを会社と当該取締役との間にのみ限定するなれば至極適切であると云い得るであらうが、会社利益の保護もさることながらかような取引を基として爾後法律上正当な利害関係を有するに至つた第三者の利害の顧慮を怠り、一般取引の安全を犠牲とするが如き結果となつてはならない。一般第三者にとつては自己の取得しようとする権利がその以前に於て会社と取締役との間の取引によつて得られたものであるとか、更にその取引が認許せられた正当なものであるとかの事情は窺知し得ないことが通常であり、かような瑕疵の存否を確かめる負担を第三者に帰せんとする如きは著しく一般取引の安全を害するものといわねばならない。尤も無効説をとるとしても第三者は或る場合には善意取得の各規定により保護され、或は意図した権利の取得に替えて蒙つた不利益を除去する途が存しないわけではない。しかしながら結局絶対無効と解することは第三者の利害を顧慮せざるに等しく、又無権代理行為としての効果を認めんとの見解も第三者をして浮動の地位に立たしめ予知し難い事情に基き利害を左右される結果を招来するものであつて、有限会社法第三十条に抵触する取引の効果について諸説が岐れなお多くの疑義を残している状態に在るに拘らず敢えて会社利益の保護を優先せしめ一般取引の安全に充分でない結果を生ずる無効説に従うことには躊躇せざるを得ない。

有限会社法第三十条(準用第二十九条)は、本人との間に何等代理権限を有しない無権代理の場合に比し、会社取締役として当然会社を代表すべき法律上の地位を有する取締役と会社間のいわば内部的利益の衝突の調整を図るに過ぎず、その調整の手段を一般取引の安全を害する危険を侵して迄も無権代理の場合と同様に又更にそれより過度に絶対無効と迄も拡げて解すべきいわれはない。むしろ右規定に反する取引による利益衝突調整の限度は当該取締役の会社に対する賠償責任の問題として取扱われるべき筋合のものであつて取引の効果を無効とするものとは解すべきではない。

当裁判所の見解は右の如く社員総会の特別決議による認許を伴なわない取引であつてもこれを有効と解する次第であるから本件に関するこの点についての控訴人の主張は爾余の点につき判断を為す迄もなく失当といわねばならない。

二、控訴人の予備的に主張する詐害行為の点について。

被控訴人沢田が被控訴会社へ本件債権を譲渡した昭和三十年六月二十八日当時被控訴人沢田の資産状態が、その一般財産を以て多数債権者より負う債務を弁済するに足りない状況に在つたことは、前記甲第一号証の債権並債務の一覧表及び上来認定し来つた如く同被控訴人個人で営んできた金融業が不振に陥り営業の継続が困難となつて末被控訴会社を設立するに至つた事情や本件債権譲渡の後間もなく破産の申立を債権者の一人より為されていること等により充分窺ひ得るところである ところで詐害行為とは、債務者がその資力を以て自己の債務を完済し得ない状態に在るに拘らず、債権者を害する意思を以て債権者の引当としている一般財産又はその担保力を減少せしめる法律行為を謂うのであるが、債務者の担保力を減少せしめる(客観的要件)と言う意味に於ては、債務者が多数債権者中の一部の者に対して弁済する場合も、債務者が浪費又は隠匿する意思に出でる行為も担保力の減少を生ぜしめるという点に於ては異るところなく、いづれも債権者を害する客観的事実ありと見るべきである。しかしながら破産手続の如く強制的配分主義をとる場合は別として、債務者は他に多数債権者ある故を以て債務の履行を拒み得ず、弁済すべき義務を有するものであるからかかる場合の担保力の減少迄をも詐害行為として取消し得べきものでないことは云うまでもない。要するに民法第四百二十四条により詐害行為取消の対象となし得る債務者の担保力減少行為の範囲は、その行為の動機目的等全般の事情につき考察しその行為が信義誠実に反するものというべきか否かによつて定むべきものと解すべきである。翻つて本件に於ける債権譲渡について考察するに、被控訴人沢田が本件債権の譲渡を為すに至つたのは、同被控訴人がかような法律上の債務を負つていたことによるものではないが、訴外辻チエより家財道具衣類等多数の物件を譲渡担保として金十七万円を借受けていたところ、その履行を怠つた為右よりこれら物件の引渡執行を受けるに至つたのでその弁済資金捻出に窮して本件債権を譲渡するに至つたこと曩に認定した如くであり、又その内容も譲渡代金は金二十七万円で譲渡債権額金三十万円を下るものではあるが、譲渡債権は昭和三十年七月より同年十一月迄毎月金五万円宛割賦払の約定のものであつて、本件債権譲渡当時の価値に引直して右譲渡代金は不当に低廉なものと見られないから右譲渡は信義誠実の原則に反するのとは認め難く、のみならず本件債権譲渡を経済的な見地から観れば、債権譲渡とはいつても、被控訴人沢田にとつては金銭債権につきその終局的目的とする弁済を得たのと何等択ぶところがなく、いわば権利の本質的内容を実現したのとその間殆んと逕庭を見ないのであるからかような事情性格を伴う本件債権譲渡は詐害行為取消の対象に当るとは云えない。よつてこの点に関する控訴人の主張も亦排斥を免れない。

三、控訴人の被控訴人沢勘四郎に対する請求について、

被控訴人沢は原審最初の口頭弁論期日である昭和三十一年二月十三日午後一時に出頭しなかつたが、原裁判所が同日付で右期日前に受付受理したものと認められ且つ右期日に陳述したものと看做された(この点については右期日の口頭弁論調書中に擬制陳述の旨の記載がないが、原判決書事実欄中の記載や理由欄冒頭に於て認諾の効力について判断を加えている事実に徴しても擬制陳述として扱われたものであることは明白である)同被控訴人作成名義の認諾書と題する答弁書によれば、同被控訴人は控訴人の請求中同被控訴人に対するものは正当であるから認諾する旨の擬制陳述が為されたこと、しかるに原審は控訴人の被控訴人沢に対する請求は他の被控訴人両名に対する請求と共に訴訟の目的が共同訴訟人の全員につき合一にのみ確定すべき場合に該当し、他の両名の被控訴人に於ては控訴人の請求を争つているからとの理由で右認諾の効力をなしとこれを排斥したことは本件訴訟記録によつて明らかである。しかしながら控訴人の被控訴人三名に対する本訴請求が固有必要的共同訴訟でないことは言う迄もないところであり、又いわゆる類似的必要共同訴訟というべき場合にも当らないことは一見して明らかである。即ち本件に於て被控訴人沢に対する金員給付の請求は他の被控訴人等に対する無効確認乃至詐害行為取消請求の認容を前提とする関係には在るが、右被控訴人等に対する判決の既判力が被控訴人沢に対しても及ぶ場合であるとは解せられない。従つてこの点について法理を誤り合一確定を要する場合に当るとして右認諾の効力を認めなかつた原判決はこの部分に限り取消を免かれない。さすれば右認諾は有効であつて被控訴人沢と控訴人間の本件訴訟は右認諾書なる書面の擬制陳述された昭和三十一年二月十三日の口頭弁論期日に於て認諾により終了し訴訟繋属を離脱しているものと認むべきである。なお茲に附言を要することは右原審口頭弁論期日に於て右認諾書なる書面が擬制陳述された旨の記載が同期日に調書に掲げられていない点である。民事訴訟法第二百三条は、請求の認諾を調書に記載したるときはその記載は確定判決と同一の効力を有すと定めている。従つて右の如く調書上その記載の脱漏あるときは債務名義たるべき認諾調書無きに帰するのではないかとの疑を深めざるを得ず、果して然りとすれば一方訴訟は認諾により終了せるに拘らず他方執行の基本たる債務名義を与えないという奇現象を生ずることとなるであらう(これらの点につき論及することは本件について必要性ある事柄ではなく、又多くの疑義を含んでいるのであるからここで細部について見解を述べることも適当としない)。しかしながら本件訴訟が認諾により終了していると見るべきことには影響のないところである。蓋し訴訟法上認諾の効果は裁判所の訴訟行為によるものでないことは勿論、又裁判所及び被告双方の訴訟行為によるものでないことも明らかであつて、被告が裁判所に対し自己に対する原告の請求を肯定しその主張の理由あることを承認する旨の陳述が適法に為されることのみによつて認諾の効力は生ずるものと解すべきである。再言すれば認諾の効力発生要件は、被告の認諾行為が適法に為されたことのみを以て足り裁判所がその受理として調書上にその旨の記載をとどめること迄をも要件に含めるものではない。従つて前記の如くその旨の調書上の記載を脱漏せる本件に於ても前述の如く認諾により訴訟が終了せるものとの見解を持する妨とはならない。

以上の次第であるから控訴人の被控訴会社及び被控訴人沢田に対する各請求はいづれも失当であり、これと同旨に出でた原判決は結局相当であるから右部分については控訴を棄却することとし、被控訴人沢に対する請求は同被控訴人に対する訴訟が原審に於て認諾により終了しているからこれを取消した上右終了せる旨を明らかにすることとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条、第九十二条但書を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 上坂広道 林義雄 石田登良夫)

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